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2021.12.04
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封印されていた悲しみとの対面

 

先日ふと、私には不自然なくせがあるなと思い、そこに意識を向けてみました。

 

それは、電話をかけるときに一瞬感じる言いようの無い戸惑い。

 

 

そう思った途端、急に胸が激しく痛み始めました。

 

突然、嫁ぎ先の玄関にあった黒電話がバーンと浮上。ハッとしました。

 

私は、嫁ぐ1年前に大好きな母を亡くし、その悲しみが癒えないまま旧家の長男の嫁になったのでした。周りには、私の気持ちを打ち明けられる人はおらず、毎日がとてもさみしかったのです。

 

話せる人は、県外の人ばかり、そう簡単に行くこともできませんから、さみしくなると、誰もいない時に、こっそりと妹や祖父母に電話をしていました。

 

ところが、今と違って昭和41年(1966年)ごろは、まだ電話料金は高額で、市外通話となると距離に比例してすごく料金がかさむのです。

 

ある時『最近電話料金が急に高くなっているんだけど、、、、』と、姑から私の電話のことについて注意を受けました。

 

今回、セルフワークをしていたら、注意を受けたときに、私が感じていた悲しさ、寂しさが溢れ出してきました。当時の私はこんなに孤独だったんだ・・・と、今回はじめて、当時の自分の本当の気持ちを実感したのでした。

 

嫁に来て半年足らずの私は、1日も早く、こちらの人と仲良しになりたかった、、、良い嫁が来たと受け入れてもらいたかった、、、。それなのに、立場をわきまえず迷惑をかけてしまった、、、と、自分の行動に対して、必要以上には恥じていた気がします。自責の念があったということは、当時の私は、自分のことを嫁という役割でしか捉えていなかったのです。

 

そういえば、四面楚歌という言葉を当時は噛み締めていた気がします。

 

今回55年ぶりに鮮やかに蘇ったのは、そのとき感じていた私の赤裸々な悲しみや、寂しさの生々しい感情です。この気持ちを電話して話したかったけれど、電話代金が高くかかるからと、いっぱい我慢をしていたのです。存在としての私の気持ちより、電話代の方が優先されていたのです。そのことが切なく胸が痛んでいました。

 

今回『悲しかったね・・・』と、当時の自分をしっかりと抱きしめました。しばらくは涙が止まりませんでした。

 

存在としての私は、ずっとこの悲しみを抱えていたのです。

 

泣くだけ泣いたら心と体が軽くなりました。

 

切なさは、私自身にわかってもらいたかったのです。私自身がしっかりと受け止めれば、それでもう十分なのです。義母への恨みがあるわけではないし、押し込められていた感情が解放され、電話をかけることへの躊躇の意味がわかって、心がすっきりと軽くなりました。

 

セラピスト 福田京子

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