マインドフルネス・セラピー ぬくもり

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2026.02.24
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感じ切った後に顕現してくるもの

 

イタリアのミラノで開催されている冬季オリンピックを観ていて、強く心に残ったことがあった。

 

フィギアスケートペアの三浦璃来・木原龍一のショートプラグラムを観ていた時のこと。演技中に思いがけないミスがあった。演技を終えた直後、龍一さんが氷上で深くうなだれて顔を上げることができない。惜しみない拍手の中で、しばらくは、じっとして動かない。璃来さんは、そう言う龍一さんにそっと手を添えながら静かに寄り添っていた。

 

多分、当人たちにしたら、何が起きているのか良く分からないでままに、インタビユーを受け、璃来さんが気丈に受け答えをしていた。龍一さんはそこでも終始下を向き、質問されても『う〜ん・・・』とうめくだけであった。

 

私は、この龍一さんのなりふり構わない落ち込みぶりに『凄いな・・・』と心を打たれた。

 

世界中の人々が見守っている真っ只中で、自分自身に真っ直ぐに向き合っている姿は、なんとも神々しい。こんなにまで集中して、自分自身の今の状態を感じ続けている・・・

 

人は、こういう極限に立っている状態の人を見るのが辛いものだ。なんとかしてあげたい・・・自分には何ができるだろうか・・・と落ち着かなくなる。もしそれが子供や親といった身近な人が落ち込んでいたら、すぐに優しい言葉や気遣いをするのが、思いやりだ・・・愛情だ・・・と思いがちだ。そして元気になってもらいたい一心で、あれやこれやと、良かれと思うことをしてしまう・・・

 

が、これは自力で立ち上がってくる力の邪魔をすることになる。その人の「存在力」というか「いのちの力」を信じていないことになってしまう。

 

こう言う時、何より大切なのは、どんなに時間がかかってもいいから、静かに温かい気持ちで待っていてあげることだ。深い沈黙の中からでしか、自分から立ち上がってくる力は生まれて来ないのだから・・・

 

誰でも思いかけない事態や、失敗に遭遇するものだ。その時こそが、自分と向き合う絶好のチャンスであって、この事実をスルーしたり、ショックを受けていないふりをして、誤魔化さないことだ。

 

失敗しても気にしないのが大人の対応だ・・・は間違っている。

 

その時感じていることに、しっかり意識を向け、悲しければ悲しいと感じ、悔しければ悔しい気持ちを存分に味わうことだ。全身全霊で感じ切る。ここに自分以外のものを入れてはいけない。

 

まして、人からどう見られているだろう・・・なんて余分な考えを交えてはいけない。

 

自分の内面が澄んでくるまで、とことん集中して感じ続ける・・・

 

その先に、身体の奥の方から湧き上がってくるものがある・・・顕現してくるものがある・・・

 

それは、筆舌に尽くし難いものだ・・・

 

これは目に見えないから、体験しなければわからないものだけれど、それは確かな感覚であり、信じて大丈夫だと感じられるものだ。理屈を超えた何か・・・なのだ。

 

余計なことを考えずに、ひたすらこの感覚に身を委ねていくことが、自分を信じるという本当の意味だ。

 

この自我を手放せている状態は、世間的な意地だとか、損得だとか、比較だとかに捉われていないから、心地のいい緊張を持って新しい世界を創造することができる。これは人為のものでは無いから、無理がない。

 

現代は、自我を本当の自分だと勘違いしている人が多い時代だけれど、あの時の璃来・龍コンビは、『自我を超えた時の人間には、とてつも無い力が働くものだ』と言うことを、演技を通してバシっと見せてくれたのだ・・・と、確信した。

 

頭で自分を信じている時は、自我で頑張ろうとするから、どうしても体に力が入ってしまい、持てる力を充分に発揮することが難しい。

 

今回、2人が目覚ましいパフォーマンスを見せてくれたのは、龍一さんの一途な集中が、突き抜けた境地に到達していた証であったと思う。その無我の境地は、演技者のみならず観ていた人々の魂をも大いに揺さぶったのだ・・・と、清々しい心持ちになった。

 

セラピスト 福田京子

 

 

 

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