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2022.07.10
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思い込み談義

 

大人になると言うことは、いろんな「思い込み」を自分流に作って、それを拠り所にして生きることです。

 

物心つくというのは、こういう作業をし始めるということでしょう。

 

もしも、生まれ落ちたところが、親の気持ちが不安定で、日常的に辛さや恐怖があると無意識のうちで感じたならば、自分がその中で生きていくためには、目の前の事実を感じないようにして、辛くても平気な顔をして過ごしていく術を身につけなければなりません。

 

子供は、ほとんど無意識で、親が隠している微妙な気持ちだって、敏感な人は感じ取っているようです。しかし、無意識の中で処理されているので、いくら頭で考えてもわかりません。無意識とつながるワークを体験しなければ、自分でも分からないのです。

 

この術が機能してくると、どんなに過酷な状況でも、これが当たり前のことと思い、違和感を感じることはないでしょう。不都合が起きたときは、自分が悪いからだ、我慢が足りなかったのだと全てを自分が引き受けて、なんとか波風がひどくならないように取り持とうと気を使う。この気遣いたるや並大抵ではないのです。

 

一見とても立派に見えます。が、これは、人間としてとても不自然な姿です。

 

これでは自分の感覚が全く働かない状態ですから、その人が、その人でなくなっています。まさに、自分自身が他人の基準で心身がコントロールされているのですから。当人は自分に意識が向いていないから、どんなに過酷なのかわからないだけですが、話を伺っている側には、その不自然さは、以来ほど良くわかります。

 

人間は動物ですから、元来はかなり自由で勝手な生き物だと思います。

 

このように、無意識とはいえ他人になりすまして生きているような、極めて不自然な状態が長く続けば、必ず心身にひずみが生じてきます。ところが、心身への異常が出ても、それは単なる病気だと思い、病院に行って薬で直せばいいと、思っている方が、沢山おられます。

 

もしも、いくら病院へ通っても改善されない場合や、いろんな依存症が出て困っている場合、自分の生育の過程に意識を向け、親に気に入られるよう「良い子」をやって居なかったかどうか、振り返ってみてください。

 

親と子の間に「愛着の絆」が安定的に築かれていれば、自分の嫌を親に言うことができるのですが、「愛着の絆」が不安定な場合は、我慢をして、自分を引っ込めていること非常に多いのです。

 

高学歴で生活水準の高い家族の「しつけ」の中に、この「愛着の絆」が形骸化され、子供の心を押さえつけているケースあって、心の辛さの根底に重苦しく横たわっているケースがたくさんあります。

 

生きにくさを感じたり、心身の不調が切実にならない限り、自分の内面に目を向ける気持ちにはならないかもしれませんが、自分の内面に意識を向けて、本当の自分自身を知ることは、自分を本当に大切にする大事な行為です。

 

自分を本当の意味で大切にできて、はじめて、大切な人を大事にできます。

 

自分を大事にすることは、自分勝手とは違います。

 

そして自分を大事にすることは、自分のことを深く知ることです。

 

自分を知るとは、自分の内面を知ること。そして感じることなのです。

 

「愛着」のことは、岡田尊司先生の著書にわかりやすく書かれておりますから、一度、読んでみると、自分を知る手がかりになるでしょう。

 

もっと素直に暑さ寒さから始まって、体のちょっとした不調でも、すぐに気づいて、自分と話をしていけたらいいと思います。こういう生き方は、体と心が一つに繋がっているので、自分にも周囲の人にも、意識が行き渡っているので、みんなが心地よいですね。

 

人間ってみんな、自分の心と体が満足しているかどうか、が、とても重大な関心事だと思います。ここが満たされていないと、落ち着いて次には進めません。

 

体が満足していないということは、気持ちがOKしていないこと。つまり、何かを、嫌だと感じている時です。

 

こういう時は、私は立ち止まって体に意識を向けて感じることにしています。

 

先日、家族との話の中で、胸がズキッとしたので、感じていました。

 

最初は、私が一生懸命にやってきたことが認められていないんだ・・・全面否定にあっているんだ・・・という思いが出てきて、一瞬モヤッとしました。

 

次の瞬間、この状態、自我が出張って居るなと、直感しました。

 

『何をそんなに、主張したいの?』と、自分に問いを発して見た所

 

『頑張ったのか、そうじゃなかったのかは、自分自身がわかっていればいいだけだ・・・』

 

『人に評価されたり、認めてもらいたいためにやってきたわけじゃない』

 

『自分がやりたいからやっただけ・・・』

 

『こんな大事なことを忘れて居たなんて・・・なんということだろう・・・』

 

自分自身の声にきちんと耳をすませば、大事なことがはっきりとわかってくるのに、自我が出張ってくると、こういう大事なことが一瞬感じられなくなるんだな・・・』

『まあ、こういうところがある私が、なんとも愛おしい』

 

道徳的な言葉というのは、人の心を縛りますね。

 

セラピスト 福田京子

 

 

 

 

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